「最近の記者はろくに取材もしないで記事を書きやがる」と、社長さんが怒っている。
10年ほど前のこと。病院で検査をして、その結果が分かるまでの時間、近くの公園のベンチに座っていた。鬱々とした時間が過ぎていく。
定年後の起業で、超零細自営業をやっている。
この不況下で、金を稼ぐということがいかに厳しいかということを思い知らされているところだ。
「50周年記念誌」といった本をつくっているとき、年配の編集委員同士で「ええと。今年は昭和87年だから、あれはもう40年前のことか」というような会話が交わされることがある。
「昭和87年」というのは、昔のことを語るときに便利な換算法だ。
「安い電気料金で、エアコンもIH調理器もお湯もたっぷりとお使いいただけますよ」と勧められ、わが家にとっては莫大なカネを投じて、キッチンやバスルームを「オール電化」にリフォームしたのが5~6年前。
テレビが普及しはじめた昭和30年代、野球中継が大好きだった父は「テレビのアナウンサーはあまりしゃべらないから面白くない」と言って、テレビ画面を見ながら、音声はラジオを聞いていた。
昨日は自治会役員の慰労会ということで、楽しく飲み食いしゃべったのだが、かつてのバブル期のもっともっと豪快な慰労会を思い出してしまった。
ジャケットがあまりにも美しくて衝動買いしてしまったLPがある。 りりィの「ダルシマ」というアルバム。もう40年も前のことだ。
東日本大震災から1年たった3月11日の早朝、ラジオで宗教学者の山折哲雄さんが寺田寅彦と和辻哲郎の文章を引きながら、「自然災害と日本人」について話していた。
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